親の住まいの選び方|「まだ大丈夫」のうちに動くべき理由と3つの閉まるドア
- 7 時間前
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ある朝、母が自宅で転倒して救急搬送されました。大腿骨を骨折し、そのまま入院。手術は無事に終わりましたが、主治医から言われたのは「リハビリを含めても、この病院にいられるのは長くありません。退院先を決めてください」という言葉でした。
母は82歳のひとり暮らし。子どもは遠方で働く娘が一人。これまで介護保険は使っていません。家はエレベーターのない団地の3階。退院しても階段の上り下りは難しい。でも特養は要介護3以上と聞いた。有料老人ホームは費用が想像もつかない。サ高住は名前すら知らなかった——。
これは特定の方の話ではありません
ここに書いた場面は、介護の現場で何度も見てきた状況を組み合わせたものです。個人を特定するものではありません。ただ、どれも珍しくない話です。
住まいの問題が急に目の前に現れたとき、家族は何に困るのか。そしてなぜ「まだ元気なうち」に動いておくことが大事なのか。この記事では、時間が経つにつれて閉まっていく3つのドアを通して、住まい選びのタイミングを考えます。

ドア①:親の住まいの選び方で、最初に知っておくべきこと
高齢者の親の住まいの選び方にはいくつもの種類がありますが、どれでも自由に選べるわけではありません。介護の必要度が上がるほど、入れる場所と入れない場所がはっきり分かれていくのです。
要介護度と住まいの選択肢の関係(おおまかな目安)
自立〜要支援:自宅、一般の賃貸住宅、サ高住(一般型)、公営住宅、ケアハウス(自立型)など。選択肢がいちばん広い時期
要支援2以上かつ認知症の診断がある方:上に加えて、住宅型有料老人ホーム、介護付き有料老人ホーム、グループホーム(認知症対応型)など。まだ幅がある
要介護3以上:特別養護老人ホーム(特養)に申し込めるようになる。一方、一般型のサ高住やケアハウスでは対応が難しくなる場合がある
※これは概略です。施設ごとに受入れの可否は異なります。
ここで知っておきたいのが、費用が比較的安い公的な施設の入り口です。特別養護老人ホーム(特養)は、2015年4月から入所が原則として要介護3以上の方に限定されています。要介護1・2でも、認知症で日常生活に支障を来す症状が頻繁に見られる場合、知的障害や精神障害をともないかつ日常生活に支障を来す症状・行動や意思疎通の困難さが頻繁に見られる場合、家族等による深刻な虐待が疑われること等により、心身の安全・安心の確保が困難である場合、単身世帯で家族等の支援が期待できず」かつ「地域での介護サービスや生活支援の供給が不十分」な場合には特例入所が認められています。ただし、これらの要件を満たしても、すぐに入れるわけではありません。
そして、特養には待機があります。厚生労働省が2025年12月に公表した調査(2025年4月1日時点)では、全国の入所申込者は要介護3以上が約20.6万人(前回2022年調査の約25.3万人から4.7万人減)、特例入所の要介護1・2が約1.8万人(同2.2万人から0.4万人減)です。減少はしていますが、それでも申し込んですぐに入れるものではありません。
冒頭の場面に戻りましょう。母は骨折で入院し、要介護認定はこれから。退院先として自宅は階段があって戻れない。特養は要介護3以上で待機もある。残る選択肢はサ高住や住宅型有料老人ホームですが、費用も場所も知らないまま、退院の期限だけが迫ってくるのです。
ドア②:認知症が進むと、本人が「選ぶ」ことが難しくなる
これは身体の問題ではなく、判断力の問題です。
サ高住や有料老人ホームに入居するには、賃貸借契約や利用契約を結ぶ必要があります。契約は法律行為ですから、本人にその内容を理解して判断する力(意思能力)がなければ、契約自体が無効になる可能性があります。
認知症が軽いうちは、ゆっくり説明すれば理解できることが多いです。でも進行してからでは、「どこに住むか」を本人が選ぶこと自体が難しくなります。家族が代わりに契約するには、成年後見制度などの法的な手続きが必要になり、申立てから開始までに数か月かかることもあります。
2026年6月に成立した民法等の一部を改正する法律(令和8年法律第45号)で、成年後見制度の見直し(後見と保佐を廃止して補助に一本化するなど)が決まりました。ただし、この改正の施行は公布(2026年6月24日)から2年6か月以内とされており、実際の運用開始はまだ先です。いま動けるのは現在の制度の中でです。
⚠ 見落とされがちなこと
住まいの契約だけでなく、預貯金の引き出し、不動産の売却、保険の手続きも、本人の判断力が失われると動かせなくなります。住み替えの費用を用意するために家を売ろうとしても、本人が契約できなければ売れない。住まいの問題は、お金の問題と同時に閉まるドアなのです。

ドア③:入院してからでは、探す時間がない
冒頭の場面の核心がここです。急性期の病院は、治療が終われば退院の方向に動きます。
厚生労働省の病院報告によると、一般病床の平均在院日数はおよそ15.5日前後です(月や地域によって変動します)。これは全国の病院の平均であって、すべての患者がこの日数で退院するわけではありません。リハビリ病院への転院や、療養病床への移行など、次のステップが用意されている場合もあります。
ただし、急性期病院が算定する入院料のうち最も手厚い区分(急性期一般入院料1)では、施設基準として平均在院日数が16日以内であることが求められています(2024年度の診療報酬改定で、従来の18日以内から短縮)。つまり病院には、入院した患者を早く退院させる制度上のインセンティブがあるのです。
もちろん個人の在院日数はもっと長いこともありますし、リハビリ病院への転院という選択肢もあります。ただ大事なのは、病院は退院先が決まっていなくても退院の準備を進めるという構造です。入院した翌日から退院支援が始まることも珍しくありません。
この時間の中で、施設の情報を集め、見学に行き、費用を比較し、契約して、部屋が空くのを待つ。家族が仕事をしながらこれを並行して進めるのが、どれほど大変かは想像に難くないはずです。
もし事前に「こういう場所がある」「このくらいの費用がかかる」「見学したことがある」というレベルの情報があるだけで、この焦りはまったく違うものになります。
3つのドアが開いている「今」にできること
ここまで、要介護度、認知症、入院という3つの場面で選択肢が狭まることを見てきました。逆に言えば、3つとも「まだ来ていない」今が、いちばんドアが広く開いているということです。
今すぐ住み替える必要はありません。今のうちにやっておきたいのは、次の5つだけです。
1. 住まいの種類を「名前だけ」知っておく
特養、サ高住、住宅型有料老人ホーム、介護付き有料老人ホーム、グループホーム、ケアハウス、公営住宅。名前と「何が違うのか」をざっくり知っているだけで、いざというときに医療ソーシャルワーカーやケアマネジャーの話がまったく違って聞こえます。
2. 近くにどんな施設があるか、1か所だけ見学してみる
見学は無料です。「まだ必要ないのですが、将来に備えて見せていただけますか」と電話すれば、断る施設はほとんどありません。1か所見るだけで「こういう感じか」という基準ができ、2か所目以降は比較ができるようになります。
3. 月額費用のレンジだけ、頭に入れておく
金額を細かく調べる必要はありません。「特養は月5〜15万円程度」「サ高住や住宅型有料老人ホームは月約11.0万円程度」「都市部の介護付きは月20〜40万円が多い」という大枠だけ知っておけば、選択肢の幅が見えてきます。費用は要介護度、部屋タイプ、所得段階によって大きく変わりますし、特養や一部の施設では住民税非課税の方向けに食費・居住費の軽減制度もあります。あくまで目安として捉え、具体的な金額は施設や自治体に確認してください。
4. 本人の「こうしたい」を聞いておく
住み慣れた場所にいたいのか、子どもの近くに移りたいのか。大部屋は嫌なのか、誰かと話せるほうがいいのか。こうした希望は、本人が元気なうちにしか聞けません。そしてこの情報は、将来いざ選ぶときに、家族が「これでいいのだろうか」と悩む時間を大きく減らしてくれます。
5. 相談できる窓口を1つ持っておく
地域包括支援センターは、高齢者の暮らし全般の相談窓口です。介護保険をまだ使っていなくても相談できます。住まいの問題はもちろん、介護の準備、見守り、お金のことまで幅広く対応しています。「何を聞けばいいかもわからない」という状態で行って構いません。それが仕事の場所です。
お住まいの地域のどこが担当かわからない場合は、市区町村の介護保険担当窓口で教えてもらえます。

おわりに:親の住まいの選び方は「まだ大丈夫」のうちに始まる
冒頭の場面に戻ります。もし娘さんが、入院する前に1か所でも見学をしていたら。母の「こうしたい」を聞いていたら。費用の大枠を知っていたら。病院で「退院先を決めてください」と言われたとき、パニックにならずに済んだかもしれません。
住まいの問題は、急に来ます。ゆっくり準備する時間がいちばんあるのは、何も起きていない今です。そして今なら、すべてのドアが開いています。
この記事のまとめ
高齢者の住まい選びには、時間が経つにつれて閉まる3つのドアがある。要介護度の上昇、認知症の進行、入院による時間制約。
特養は原則要介護3以上が対象で、2025年4月時点の入所申込者は要介護3以上だけで約20.6万人。申し込んですぐ入れるわけではない。
認知症が進むと契約行為が難しくなる。預貯金の引き出しや不動産の売却も同時に動かせなくなる。
一般病床の平均在院日数はおよそ16日前後。急性期一般入院料1の施設基準は16日以内。入院してから施設を探す時間は短い。
今できることは5つ。住まいの種類を知る、1か所見学する、費用の大枠を知る、本人の希望を聞く、相談先を持つ。
地域包括支援センターは、介護保険をまだ使っていなくても相談できる。
この記事を読んで「うちはまだ先の話だ」と思った方、それはとても良い状態です。だからこそ今のうちに、1歩だけ動いておいてください。「見学に行ったことがある」。それだけで、いざというときの家族の余裕がまるで変わります。
📋 参考・参照情報
※掲載情報は執筆時点のものです。制度・数値は改定される場合がありますので、最新情報は各機関の公式サイトをご確認ください。
※本記事は2026年8月時点の情報をもとに作成しています。冒頭の場面は特定の個人の事例ではなく、介護現場で見られる典型的な状況を組み合わせたものです。高齢者向け住まいの種類、費用、入居条件は施設ごとに異なります。具体的な住まい選びについては、地域包括支援センター、担当のケアマネジャー、または各施設に直接ご相談ください。



